フランスはゴミの多い国か、と聞かれたらちょっと返事に困ります。町は決してゴミの少ない清潔な町とは言いがたいからです、特にパリはひどいです。東京の数倍も汚いです。タバコの吸い殻、お菓子の包み紙、それに犬のフンもよく落ちています。ものを食べながら通りを歩いている人が、包み紙をポイと捨てる光景を何度も見ました。「イヤ、あれは外国から来た観光客のやることで。」と、言い訳されるかも知れません。(フランス人は都合の悪いことは良く外国人にせいにしますから。)でもフランスには元々「道路はゴミ捨て場」という観念があったようです。昔はオマルに取った排泄物を道路に捨てるという習慣があったそうで、その伝統は今でも生きているんじゃないかと思います。カツコイイ、パリジェンヌが歩きながらゴミをポイ捨て、というのは当たり前、と、「パリ、旅の雑学ノート」の中で玉村豊夫氏も書いています。
そんな、人々の観念の中でパリがあの程度の汚さで済んでいるのは、市当局が必死でお掃除をしているからです。夜が明けると、道路の水道栓をあけて水を出し、、ゴミを洗い流して下水へ流し込みます。私達が朝食を終えて町へ出るころ、青い制服を着て、緑色のほうきを持ったお掃除部隊のおじさんたちが、仕事を終えて引き上げる姿を何度か見掛けました。昼間はカツコイイ若い女の子が、やはり青い制服を着て、軽自動車くらいの大きさの、小型トラクターのような形の清掃用自動車に乗り、象の鼻のような吸い取り口を操作して、歩道上のタバコの吸い殻や小さなゴミ、枯葉などを吸い取っているのを見ました。水を出しながら巨大タワシを回転させて掃除する自動車もあります。歩道上のひとごみを縫って、ゆっくりと車を運転し、ていねいに掃除しているのです。思わず「大変ね。」と口に出してしまいました。
「東京の銀座通りだって、東京都は掃除はしているかも知れないけど、あんなにゴミは落ちていないでしょう。それに、店主は自分の店の前が汚かったら掃除くらいするんじゃないの?」私は市当局や掃除人に対する同情と、ゴミを捨てる人に対する怒りを込めて言いました。
でも、案外、市当局も掃除人もこれは自分達の当然の仕事と心得ていて、これがないと自分達は失業する、と思っているかも知れません。そして、自分達も通りを歩く時は、ゴミを捨てながら歩いているのかも知れません。
ただひとつ感心したのは、日本でのゴミの最悪の元凶、ジュース類の空き缶がどこにも落ちていなかったことです。そう思って見回すと、ジュース顆の自動販売機がどこにも見当たりません。3週間のフランス旅行中、自動販売機を見たのは2回だけでした。1回はアルルの場末の星無し安ホテルに泊まった時です。勿論ホテルの部屋には冷蔵庫などありません。宿の主はレセプシオンの前の自動販売機を指して「飲物はここで自由に買って下さい。タッタ5フラン(約100円)です。」と自慢そうに言っていました。あと1回はブリアンソンの安いバーの中に置いてあったものです。道端に無人の状態で自動販売機が置いてある、という光景は一度も見ませんでした。缶ビールや缶ジュースが無いのか、というとそんなことはありません。スーパーヘ行けば大量に売られていますし、カフェやバーに入って飲物を注文したとき、カウンターで缶からグラスに移して持って来る、という事もありました。
缶のポイ捨ては明らかに自動販売機と密接な関係があるようです。それを見越して自動販売機を規制しているとしたら、フランス政府は賢明だと思います。
日本人の中には「では、外で喉が乾いたときどうするのか。」という人がいるかも知れません。フランスではそれこそ星の数ほどカフェやバー、スナックと称するものがあります。小さな村にも1軒はあります。人々はそこに座って飲んでいます。確かに自動販売機より割高で、時間もかかるかも知れません。しかし、ゆったり座って、店の人と言葉をかわし、そこに顔見知りの客がいるとおしゃべりに花が咲くこともある、といったメリットもあります。そういうゆとりがフランス的なのかも知れません。でも最高のメリットは、町や通りや森や川に空き缶の無いことだと、私には思えるのです。
そんな町から山へ行って驚きました。ホントにアメの紙ひとつ落ちていません。山の自然を大切にする、ということは登山者の間では良く守られている、と、感心しました。日本では町ではあまりゴミを捨てない人も、観光地や山や人目につかない所ではよくゴミを捨てます。ゴミの不法投棄の問題は、わが山梨県の多くの市町村で頭を悩ましている問題です。こういう悪習を無くすのに何十年かかるのか、それとも直らないのか、と、絶望的な思いにかられます。
新田次郎氏は34年前にスイスに行って、山にゴミが無いのに感心し、「ヨーロッパ人は都会でもごみくずを捨てるようなことはしない。してならない習慣だから、それがそのまま山へ持ち上げられたのであろう。」と「アルプスの谷 アルプスの村」の中で書いておられますが、大きな誤解だと思います。スイスやドイツの町は清潔かも知れませんが、パリヘ行ってご覧なさい、と言いたいです。フランスでは、町でゴミを捨てる人も、山へ行ったら捨てないんじゃないでしょうか。
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